レポート&インプレッション

イベント報告、好きな役者さんやドラマの個人的感想を語るブログです



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真田丸関連イベント

大河ドラマ『真田丸』最終回パブリックビューイングイベント

いよいよこれが本当に最後の『真田丸』イベント参加となりました。毎日トークと合わせて応募しまくっていたところ幸運にも当選しまして、真田の郷である上田で最終回を見届けてまいりました

で、このイベントの開始時間が17時15分。座席は決まっていなかったので昼頃に順次配られるといったシステムになっていました。しかしながら今回私は座席券を引き換える列に並ぶことはしませんでした。なんていうか・・・前日のラストの村上さん参加イベントに出て個人的に燃え尽きたみたいなものがあったもので。当選ハガキはあるので入れればいいかな的な感じだったんですよね。
さらに、このイベントの前に時代考証の先生たちのトークショーに参戦(こちら参照)もしていまして。すごく有意義なお話しが聞けて楽しかったのですが…終わった時間が16時。イベント開始が17時15分、ギリギリだなと…あの時はその程度しか思っていませんでしたw。
が!!
地図を調べてみると、このトークショーの場所から最終回PV会場までの距離がありえないほど離れていることが判明。タクシーを呼んだものの近くを走っていなかったがために到着するまで30分以上待ったという…
こんな状況になるとは思わなかったので、急いで会場に電話して座席引換をしていない旨を説明しなんとか遅れても入れないか交渉。責任者のような方が出てきて了解をもらい「頑張って来てください」と励ましを受けww、ヤキモキするなかタクシーの運転手さんも頑張ってくれて40分くらいで現地到着
時刻を見たら、既に17時30分あたりになっており…完全に遅刻。それでも事前に連絡しておいたことが功を奏し、補助の椅子を用意してくれていたスタッフさんと急いで中へ。そしたら、意外と見やすい位置を確保してくれていてありがたかったです。

と、当日はこんなバタバタ状態だったので、これまでイベントでお会いしたみなさまにちゃんとした御挨拶ができませんでした。この場を借りましてお詫びいたします。大変失礼いたしました

そんなわけで、途中からのレポになります。申し訳ありませんっ

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大河ドラマ『真田丸』最終回パブリックビューイングイベント
ゲスト
三浦文彰さん、長野里美さん、藤本隆宏さん、浦上晟周くん、広田亮平くん、大野泰広さん、迫田孝也さん、高木渉さん、草刈正雄さん(スペシャルゲスト)
於.丸子文化会館セレスホール(長野県上田市)
2016.12.18  17:15~19:30

到着した時には既に三浦君のバイオリン生演奏は終了していて、真田丸についてのインタビューも終わりにさし掛かっておりました。前説では小栗さくらさんがこの日も頑張っていらっしゃったようですが、それも間に合わず無念。三浦君の生演奏は聴いてみたかったけど…またいつかそんな機会もあるかなと。

会場入りしてまず驚いたのが、皆さん本当に赤い物をちゃんと身につけていたり着たりしていて客席が真っ赤に染まってたことでした。私も一応赤い色のセーターは着て行ったのですが…そんなん目立たねーよ!!ってくらい真田レッドでしたねw。あれは本当に圧巻の景色でございました

三浦くんが舞台袖にはけた後登場したのが、鎧姿の長野里美さん、藤本隆宏さんでした。皆さんが登場した時の客席のどよめきがすごかったですよ~!!皆さん役の扮装そのままでいらっしゃいました!

まず長野さん、「私なぜこの格好したのかよく分からないんですけどww」と戸惑いを見せていて思わず笑っちゃいました。確かに着物でもいい気がしたけど夏の陣勃発してますから気合の鎧姿ってことだったんじゃないのかなと。沼田で昌幸たちを追い返すシーンの時に一度だけ着たとのことでしたが(あの時だけだったかw)、結局首から上しか映らなかったのでww今回着れてよかったと満足げでした
夏の陣参戦時の衣装のまま登場の作兵衛役・藤本さんは「最初にロケしたのが上田で、最終回でこうしてまた戻ってこれたことは自分の記念になります」と感慨深そうに語っていましたね。

長野さんは「おこうさんは最初病弱キャラだったけど離縁・出戻り・侍女などを経てなぜか元気になっていきましたw。その後も色々活躍させてもらって(極妻みたいなこともしたしw)、自分でもすごく成長できた役だなと思っています」と語ってました。おこうさんの最後の場面は最終回前の信之を信繁の元へ行かせるシーンだったとの事で、台本もらった時は「これぞ真田の女!!」と嬉しかったそうです。信之に六文銭を渡す場面は特に思い入れが深そうでしたね~
ちなみに、病弱だったころのおこうさんも大好きだったそうで、咳をするアイディアを出したのは長野さんご本人だったとか。これに対して洋ちゃんからは「面白いけど、そういうのってカットされること多いんだよねぇ」と言われていたらしいですwww。洋ちゃん、コラwww!!ちゃんと咳まで入れてもらえたし、おこうの人生は100%でしたと誇らしげに語っていたのが印象的でしたね

藤本さんは「最後まで生きてることは知ってたけど、どこでどう転ぶか台本が来ないと分からなかったんでその点は大変でした」と。藤本さんも台本がなかなか来なかったことに関してはちょっとヤキモキさせられてたのね。でも、信州で人生を全うできたのは作兵衛だけだと誇らしげに宣言して大きな拍手が沸き起こってました。街中でもたくさんの人に声をかけてもらったし、今回会場の人たちの目を見て1年ちょっとやってきて良かったと思います、と感慨深げに語られてました。清盛の時は自分のことで精いっぱいだったけど今回は周りに目を向ける余裕があったそうです。

メイクや衣裳などの全スタッフもこの日のために東京から駆けつけてきてくれていたようです。おこうさんメイクも藤本さんメイクも15分くらいで完成するし着物も5分くらいで済んじゃうそうですよ。スタッフの仕事人っぷりをうかがわせるエピソードでした

「こんな濃い一年になるとは思わなかった」と長野さん。イベントなどにもたくさん参加できたし、街中で声をかけられたことは涙が出るほどうれしかったと「三谷さんもおこうさんは成長したって書いてくれてましたね」と藤本さんがコメントすると会場から大きな拍手が沸き起こりました。「おこうさんの感情はこの先20年も30年も残っていくと思います」と長野さんもシミジミ語られてました。「これからもおこうとしてしっかり生き続けます!」と宣言されててまたまた大きな拍手に包まれました。役が残り続けてもいいんだって思わせてくれたのは九度山の尊重を演じられていた木之元さんだそうです(真田太平記で演じた役を今でも引きずってると語られていたそう)
藤本さんも上田は第二の故郷として、作兵衛の魂がこもっていると思うとコメント。「真田丸は皆で作った作品。それを皆さんと見れるなんてこんな幸せなことはないですね」とちょっとウルウルしながら語られていました。

このあと長野さんと藤本さんから「若!信吉!」という呼び声で浦上晟周くん、広田亮平くんが鎧姿で登場して大きな拍手を浴びてました。二人とも客席から登場してえらい歓迎を受けてました(笑)。

広田くんは「赤で来てるって話は聞いてたけど、目の前が真っ赤に染まってるの見て威圧感がありますが自分が真田の人間だと改めて思いました」とちょっとビックリしながらコメントw。うん、あの光景目の当りにしたらそう思っちゃうの分かるわ~
浦上くんは「僕も会場の赤さと大助って呼んでもらえたことに感動しています!最終回はまだ見てないので新鮮な気持ちで皆さんと見れるのを楽しみにしています」とコメント。二人とも初々しい

広田くんは普通に面白いと「真田丸」を見ていたら信吉役のオファーが来たのでとても驚いたそう。途中参加はかなり緊張したけど、とてもアットホームな現場で迎え入れてもらえたので嬉しかったと。長野さんは「母として色々気を遣ったよね~」と目で訴えてて面白かったww。
浦上くんを最初に見た藤本さんの感想は「歌舞伎の筋のお子さんかな」って印象だったらしいです。実際はオーディションで大助役をゲットしたという浦上くん。その時は場が凍るくらい緊張しまくってカミカミだったので落ちたと思ったそうですが受かった時は信じられなくて大きな声が出ちゃったと。でも両親にはサプライズにしようとポーカーフェイスしようと思ったけど帰った時の顔でバレちゃったってww可愛いわ~~浦上くんは目がキラキラしていると藤本さんも大絶賛でした

三谷さんとは広田くんも浦上くんも撮影中一度も会っていなかったそう(浦上くんは未だに会ったことがないらしいw)
大助の役の変遷としては、信繁の傍にだんだん近づいて座るようになる演出がされているのだとか。そうするにしたがって大助の成長を描いたということのようです。なるほどね~。

それぞれの共演シーンについて。

おこうさんと信吉に関しては家を継ぐことが決まった時のエピソード。信吉が何故母親が泣いてるのか分からない状況として映っていた感動の場面、実際は撮影順序は逆でw最初にこれを撮った後におこうが信吉を嫡男にするということを告げられるシーンを撮影したんだそうです
あと、長野さん的には…最初の頃は緊張しなかったのに出番が増えてきた離縁のシーンの時に責任を感じて緊張するようになってしまったそうです。たしかにあのあたりからおこうさんの存在感大きくなった気がしますね。新納くんが秀次の人生を生き切れたと書いてあったのを呼んで羨ましく思っていたけど、信吉を嫡男にすると言われた時のシーンを撮影した時に自分もおこうの人生を生きている実感が持てたと語っていたのが印象的でしたね。

藤本さんと浦上くんは冬の陣での共演について。大助の高砂の練習時間はあまり取れなかったようですが、少ない練習時間の中で藤本さんと一緒に常に高砂を謡いこんでいたそうです。
あと、夏の陣の時に大助が矢に当たってしまい作兵衛が助けるシーンがありましたが…台本の中では「担いで立ち去る」とあったそうなんです。藤本さんは肩に担ぐものだとばっかり思って一生懸命トレーニングしていたら…実際はそういうリアクションはなかったとちょっとがっかりしながら語ってて可愛かったです。藤本さんは元水泳のオリンピック選手だからね~。さぞかし楽しみに思いながら鍛えたのかと思うとちょっと気の毒だったかなw。

最後にせっかく扮装しているのでそれに合わせたアクションをそれぞれやってもらいましょうということに。

まずは信吉。これと言ってないのでwwということで嫡男らしい一言を披露。
「皆のもの、出陣じゃ~~!!」
これに合わせて会場が「おーーー!!」と反応。嬉しそうにしてて可愛かった

続いておこうさん。鎧姿ということで薙刀が持ち込まれたのですが「私一度も持ったことないんですけど」と長野さんww。それでも気合の掛け声を披露。
「私も、真田のために戦います!!!」
と生声で叫んだあと、ヘナヘナと病弱おこうさんが出てきてその場に倒れ込むという芸の細かさ。息子の信吉がすぐに飛んできて母親を一生懸命介抱してましたwww。

大助といえばやはり「高砂」ということで、六文銭の旗が用意されました。いざ、冬の陣を再現!
ドンとまず劇中と同じく旗をステージに立てた瞬間…旗の部分が全部ほどけて落ちてしまい浦上くん呆然。あれは完全なる事故でして(苦笑)かわいそうだったな~~。
直している間トークで繋いでて、高砂の裏話をちょこっと。振付については大助ように新しく作ってもらったのだそうです。堺さんからも上手く見えるアドバイスみたいなものはもらってたみたいです。
そうこうするうちに修復した六文銭の旗が到着。今度はドンをやめて旗振りながら高砂の歌と共に振り始める浦上くんでしたが…振っている間にまたまた紐がほどけてしまってもはや続行不可能に。もう~~あれはかわいそうだったよ、ホントに~~。大助の高砂ちゃんと見たかったな。浦上くん、ありがとう。

最後は作兵衛。気合の入った藤本さん、「皆さん真田一族だと思って一緒に参加してください」と。スクリーンに向かって槍を振り上げるので、客席は藤本さんの掛け声の後に「おーー!!」と一緒に叫ぶことになりました。信州の方言を使って

「今日は大坂夏の陣!!絶対に負けん!!行くぞーーーー!!!」

あまりの気合いのセリフに客席もつられたように「おぉ~~~!!!」と返しててすごい一体感があってテンション上がりました!!


ここで暫しの休憩。BS真田丸の時間が近づきステージ上にはスクリーンの下に軍神のような真田の赤備が置かれました。暗くなり場内が緊張感に包まれ静まる中…『真田丸』最終回が始まりました。


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真田丸シンポジウム~最終回に向けて講演会~

前日の毎日ライブトークショーでテンション使い切ったような感じになっていた私ですがw、実はその翌日18日の「真田丸」最終回パブリックビューイングにも当選していまして。これが始まるのが17時15分頃からということで、それまでの時間の使い方を全く考えてなかった私イベントで村上新悟さんに会うことに集中しすぎていたためw翌日イベントまでの過ごし方を考慮しておらず途方に暮れていたところ…、前日お会いしたSNSのお友達が誘ってくださったのが「真田丸シンポジウム」でした。時代考証の先生が3人集結して真田丸に関する歴史的な裏話を披露してくださるトークショーがあるということをこの時初めて知った次第で。せっかくなのでご一緒させていただくことにしました。
途中で声をかけてくださったもう一人の真田丸ファンの方ともご一緒したおかげで、よく分からなかった道すがらも無事にたどり着くことができてホッとしました(私は特に極度の方向音痴なので 汗)。あの時ご一緒できて本当に良かったです。ありがとうございました

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上田駅からバスで20分以上…かなり山の中のほうだったでしょうか。最初はあまり人の集まりが良くなかったようでしたが、講演会が始まるころには300人入る会場もほぼ埋まるという盛況ぶりでした。
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壇上には小栗さくらさんから贈られた豪華なお花が飾ってありましたよ~。さくらさんのこういう気遣い本当に素敵ですね。

上田映劇での暗さとは裏腹にこの会場はとても明るかったのでけっこうメモ取れました。が、前日の疲れがたたって途中少しだけ意識が…そこだけは記憶が飛んでしまってましてホント申し訳ないです(汗)。
講演は1部と2部に分かれて行われまして、休憩時間の間に事前に募集した質問を先生方が整理するといった形となりました。ということで、さっそく内容について少しレポしていきます。


『真田丸』シンポジウム ~大河ドラマ最終回に向けて~
ゲスト : 平山優先生、黒田基樹先生、丸島和洋先生

於.真田中央公民館(長野県真田町)
2016.12.18  14:00~16:00  

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写真撮影は自由だったので少しだけ撮らせていただきました。当日のお三方の雰囲気はこんな感じです。平山先生は初めて拝見することになったわけですが…第一印象で真っ先に思ったのが…「あ、ヨン様」でしたww。いやだって、なんか、見た目がそう感じてしまったものでww。実年齢よりもお若く見えてビックリしました。司会者がいなかったので実質的にトークを回していたのは平山先生でしたね。登場するなり「わたしたち考証’sと名乗ってます」とのっけからコメントしてて笑いました
平山先生のトークはさらに面白く、黒田先生に先に「真田信之」の本を出されてしまったとボヤいたりww、真田丸飲み会で初めて洋ちゃんに会った時本を書いてることを伝えたら「もうすぐ撮影終わっちゃうんだよねぇ」と言われてしまったと洋ちゃんのモノマネして再現してくれてたりwwなんとも面白い方だなぁと思いました。ちなみに本を出すのに一番早いのが黒田先生で、次が平山先生、一番遅いのが丸島先生らしいですww。

丸島先生
放送前に弁丸(信繁の幼名)が木曽から出した手紙が出てきたとプロデューサーに話したら「信繁が木曽から帰ってこないと困るから使えない」と言われたそう。しかし三谷さんが、木曽義昌が信繁の祖母とりさんに頭が上がらないシーンを書いてくれて上手い具合に絡めてくれて助かったと。出てきた手紙は信繁が木曽に人質に行ったときに書いた手紙だったそうです。

黒田先生
調べる中で出てきた新しい事実の一つだったのが信繁が秀吉の馬廻りだったということ。秀吉が朝鮮出兵で名護屋城へ行っている時に留守を守っていた人の中に「真田源次」という名前がありその当時この名前を使ったのは信繁しかいないということで確実視したのだそう。ドラマの制作としては上杉と一緒に信繁を大阪に連れて行きたい意図があって、その後どう動かして秀吉の傍に信繁を持っていけばいいのか話し合っていた最中。この時まだ馬廻りの事実確認が取れていなかったので、信繁は三成の居候という立場に持っていこうということになっていたんだそうです。
ドラマとしては常に主人公を主要人物の傍に持って行かざるを得ない事情があるので(笑)制作はかなり頭をひねっていたそうですが、その時に馬廻りだったことがハッキリわかってあのような形になったと。秀吉の馬廻りという設定が生かせたことでドラマでも信繁が最後まで豊臣に恩義を感じているという風に描くことができたのでよかったと語られてました。

平山先生
木曽にいたことや馬廻りだったことが分かった時は本当にびっくりして嬉しかったそうです。歴史というのは常に動くものであり解釈が変わったり新資料が出てきたりするものですと。通説は固定化されたものではないということはかなり強調されてました。今回三谷さんは考証の意見をたくさん取り入れてくれて感謝しているそうですが、大河ドラマ放送中は皆さん三谷さんにほぼ会ったことがないそうです。丸島先生だけはちょこっと会ったことがあったようですが。

これまで描かれてきた通説と違う点で印象深かったエピソードについて。

丸島先生
秀次事件。当初は秀次が抗議のために自発的に切腹した説を入れようかと思っていたものの納得はしていなかったそう。その時ある先生と話していて、秀次は高野山へ自分から出奔してしまったという論文があると聞いたと。これを読んだときにすごく腑に落ちるものがあってプロデューサーと相談して使うことになったと。三谷さんのアレンジも少しはいっていたものの、良いシーンになったと満足げでした。ちなみ秀吉が秀次の死にショックを受けて怒り狂うシーンの所、本当はそのあと三成が「私が全て泥をかぶる」というカッコいいセリフがあったのにカットされてしまったと残念そうでした。
秀次の新事実がこのタイミング出てきたのはとても良かったと平山先生。新納くんの熱演もかなり光っていたのも印象的だったと。新納くんは秀次関係の抱擁などには必ず顔を出しているんだそうです。

黒田先生
今通説とされているものは江戸時代に創られたものが多く、最近ようやく調べが進んでいろんなことが分かってきたそう。そのうちのひとつが第二次上田合戦の秀忠の行動。これまでは秀忠が勝手に上田を攻めて失敗して関ヶ原に遅れたということになっていましたが、最新の研究は秀忠の第一の目標は上田を攻略して先に進むことだったというのが有力だと。いろいろ事情があって家康の出陣がバタバタになった影響で秀忠に上田は後回しにしろという命が下ったというのが真相らしいそうですね。
あと関ヶ原の新事実としては秀秋が関ヶ原当日に裏切ったというのは江戸時代の創作だそうで、実はその前日から秀秋が徳川につくことは決まっていたと。秀秋は開戦と同時に大谷吉継を攻め立てて昼過ぎには雌雄が決していたそうな…。ある資料には8時には開戦して10時には終わったと書いてあるらしい。こんな感じで従来までの関ヶ原説は今ではだいぶ変わってきているとの事でした。

平山先生はこれに関連して、これまでの歴史の通説は後年作られた机上の空論みたいなものが非常に多いので、若い研究者には基礎からきちんと調べてほしいと力説していました。

平山先生
大坂冬の陣の後に家康から大坂城の堀を埋めろと強制的に言われたというのが通説でしたが、実はあれは合意説が有力なんだそう。内堀は豊臣が埋めて総堀は徳川が埋めるということで決着していた。人が亡くなると人ごと埋めていたらしく、今でも発掘していると人骨が出てくることもあるんだとか。その当時は雪が降るほど寒くて徳川は埋め立てをものすごく急がせたとのこと。
豊臣がなぜ堀埋めるのに了承したのかは、平山先生的には牢人に諦めてもらう為だと思っているそうです(まだ確定事項ではないそうですが)

丸島先生
関ヶ原はやらないことは最初から決まっていたので、三谷さん的にはそれまでの心情を描きたいという希望があったそう。それに伴い制作にお願いした一つとして「五大老は使わないでほしい」ということだったと(大人衆になった)。それから三成の家康襲撃未遂事件を入れてもらった。七将襲撃事件に関しては通説では三成が家康屋敷に逃げ込んだとされていますが、実際は伏見城内の三成屋敷に逃げ込んだことが分かっていたのでそれを採用したところ、話が違うという拒否反応が出てしまったと苦笑いしてました。でも、三谷さんは自分たちの要望以上のものをドラマに取り入れてくれたと語っていましたね。
もう一つは大谷吉継の病について。皮膚病というのは間違いないそうで、直江兼続への書状の中に「温泉で療養してきました」という一文があるらしいです。兼続と吉継・・・けっこういい関係だったんだな~と思わず反応してしまった。この頃から目はよく見えなかったようで刻印を使用してたと。それをドラマで採用してもらえたようです。
もう一つ誤解を招いてるのが三成の茶会。吉継の皮膚の一部がお茶に落ちてしまったのを三成が飲むというエピソードですが、あれは創作で。実際は飲んだのが秀吉で落ちたのは鼻水だったとのこと

小物類もかなり携わったということで、書状などは丸島先生がほぼ担当(黒田先生がチェック係)し、平山先生は主に地図作りを担当したのだそうです。
※このあたりはメモが読めない状態です(爆)。すみません

平山先生
第一次上田合戦の地図を作った時に「虚空蔵山」という山の名前を入れていたら、以前に「虚空蔵山城」が出てきたので(直江兼続が「猿芝居じゃ」の名セリフを言ったあの時の城ですな)名前を変えてほしいという依頼があったと。そこで思いついたのが地元の人にしかわからない「かいこ山」という名称だったそう。「あれはただの小高い山なんですよ」と力説してたなww。周囲(上田の人)からは「そんな山知らない」って言われたけど地元・真田町の人たちは「かいこ山」の存在を知っているということで会場からもチラホラ挙手が上がり「ほらほら!」と平山先生ドヤ顔してましたww。
でも、ドラマでも草刈さんが「かいこ山」とセリフの中で言ってくれて喜んでいたら、「そんな山知らないぞ」という苦情めいたものが殺到して大変だったらしいです

丸島先生
書状作成に携わった数は177通にも上るとの事(僕は書いてないと前もって仰ってましたがw)!花押も当時のものをコピーしたものを制作陣に渡すという細かい作業も担当していたそうです。美術さんからは寸法とかも質問されて「細かいな」と苦笑いだったらしいw。
書状に関してはテレビを見ていて画面をストップしてわざわざチェックしている人がいるらしく「あの内容はよくできている」とかそういった感想がきていてビックリしたと(映像技術が進んじゃったからと平山先生は笑ってましたw)

家康についての話題。平山先生曰く、家康自身には秀頼を潰そうという気持ちは全くなかったとの事。大坂夏の陣に関して資料を見ると「大坂国替」とあるし、駆けつける時は武装しないようにというお達しもあったようです。

考証sで意見が割れたのは、小松殿(ドラマでは稲さん)が関ヶ原開戦の時に沼田に戻っていたかどうか・・・ということだったそう。黒田先生は大坂にいた説、平山先生は沼田にいた説、丸島先生も沼田にいた説ということで、未だにその点においては未だに揉めてる感じでした

黒田先生
ドラマの進行上どうしても外してほしくないエピソードをリクエストされることも多かったそうで、その最もたるものが「犬伏」だったと。ある資料ではあの別れは犬伏ではなかったみたいな解釈も出てきてたらしく(手前の宿説)、犬伏で別れたかどうかは曖昧と。でもドラマ的には視聴者に分かりやすくしなければいけないので結局「犬伏」で統一させたのだそうです。
視聴者に分かりやすくというのは制作側から強く言われていたようで、乱の名前も漢字変換がすぐにできないものは外すように指示があったとか。「天下」の解釈についても家康や秀吉の時代は京都周辺を差しているもので、江戸時代後半から全国という意味に変わってきたというのが真実だけれども、現代は「全国」という意味が浸透しているのでドラマの中では意味合いとして「全国」という意味が少し薄まるニュアンスで「天下」という言葉を使ってもらったとの事です。色々言葉ひとつとっても細かい苦労があるんだなと思いました。

「幸村」名についてはもう仕方がなかったと3人(笑)。ただOPやナレーションなどでは「信繁」で統一してもらう事だけはこだわったようです。「幸村」という名前の由来がどうやって出てきたのか未だによく分からないと。江戸時代後期に突然出てきた名前なので、聞かれても分からないと答えたらドラマではあのような展開になったそうなw。九度山町の町長はドラマで「幸村」の名前ができるシーンを見て「幸せの村と宣伝できる」と大喜びしてたらしいですww

平山先生曰く、これまでの大河ドラマの中でここまで視聴者と近いものはなかったと思うと。
平山先生は以前「武田信玄」に関わったことがあるそうですが、その時は脚本家と食事をしたりしながら案を練っていた。しかしながら今回は三谷さんに会うこともなくプロデューサーとのやり取りが多かったとのこと。「こっちの情報量多すぎだからプロデューサーに整理してもらわなきゃだったしね」とは丸島先生談ですw。

ただ、不満もやはりあるらしくww。
丸島先生は入院してしまった時、最初は「ゆっくり養生してください」と言ってくれたのにその舌の根も乾かないうちにプロデューサーから「これお願いします」みたいな依頼がちょくちょくきてたとw。続けてるうちに電話が来ないことがかえって不安に思うようになっていたら、今度は以来側のプロデューサーが倒れてたみたいなことがあったそう
考証の先生たち、こんな感じで休みがほとんどない状態だったそう。すべてが終わったのがこの公演の前日に制作側から終了宣言があったとのことです。最後の考証は総集編のナレーションの内容チェックだったそうですよ。
平山先生の不満は「僕たち芸能人じゃないのに、真田丸のおかげでどこ行っても声かけられちゃう」ってことみたいです。丸島先生も「どこかに行っても必ず誰かいてサイン求められちゃうから仕方なくホテルで食事した」とか言ってたなww。皆さん、あまり、外で声をかけられるのは慣れていないようです(ホントか冗談か分かりませんけどww)

てな話になったところで第一部終了。休憩挟んで第二部になります。



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『真田丸』毎日ライブ 第3部 調略ナイト その3

※こちらの記事は 毎日ライブ第3部その1毎日ライブ第3部その2 からの続きになります。

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『真田丸』毎日ライブ 第3部 調略ナイト その2

※こちらの記事は 毎日ライブ第3部その1 からの続きになります。


かけひき


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『真田丸』毎日ライブ 第3部 調略ナイト その1

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『真田丸』トークトークトーク!毎日ライブ
~戦国の調略について語る夜~
ゲスト : 栗原英雄さん、村上新悟さん、前川泰之さん、山西惇さん
司会   : 迫田孝也さん、小栗さくらさん
2016.12.17  於.上田映劇(長野県上田市)


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『真田丸』とちラブトークショー その3

こちらの記事は
『真田丸』とちラブトークショーその1 と 『真田丸』とちラブトークショーその2
からの続きになります。

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『真田丸』とちラブトークショー その2

こちらの記事は『真田丸』とちラブトークショーその1からの続きになります。

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『真田丸』とちラブトークショー その1



『真田丸』とちラブトークショー ~真田丸に乗った男たち いざ、郷里へ!~
ゲスト : 栗原英雄さん、村上新悟さん
シークレットゲスト : 迫田孝也さん、高木渉さん
司会   : 
大野泰広さん小栗さくらさん
2016.11.23  於.岩舟文化会館コスモスホール(栃木県・栃木市) 

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『真田丸』スペシャルトークショー in駿河台大学 その2

※こちらの記事は、“『真田丸』スペシャルトークショー in駿河台大学 その1 ” 記事の続きになります。

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『真田丸』スペシャルトークショー in駿河台大学 その1


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『真田丸』スペシャルトークショー in 駿河台大学(駿輝祭)
ゲスト : 新納慎也さん、村上新悟さん、黒田基樹教授
司会   : 小栗さくらさん
2016.10.29  於.駿河台大学(埼玉県・飯能市) 

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えりこ

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